78km歩いた話
上司の機嫌がすこぶる悪い。
私が3月末に4日連続の有給申請を提出した事が原因だろう。
OLが1週間休むという事はこういうことである。
こうして私は上司の不機嫌と引き換えにGW前にフライングゲットした有給を使い、ボルネオ島へと旅立つ。
パッキングはさほど進んでいない。
私の右脚は少々問題を抱えている。
生まれつき骨の形成が正常ではなかったらしいが、女性に多く、殆どの人は痛くなるまでは気付かないらしい。
かく言う私もその殆どの1人で、それまではがっつり山に登っていたし、走るのも嫌いではなかった。逃げ足は結構速い。
78kmの強歩大会にはいつか出たいと思っていた。
この大会の醍醐味は前半の34kmは登り、後半の44㎞は下りと平坦な道で、標高最高地点1387mの野辺山を超えて、魔の下りが待っている事だ。
4月に開催されるので、ある年は雪が降り、行く手を阻まれた参加者が続出という事もあった。
登りは良い。がむしゃらに歩いていれば辿り着けるから。
問題は下りだ。参加した人のブログなどを見ていると、皆下りでやられていた。そして、参加した人に聞くと、皆1度目の挑戦ではゴールまで辿り着けずリタイヤし、2度目以降の挑戦でゴールしたと言う。ただ1人、友人の兄が1度目の挑戦でゴールまで辿り着いたという話を聞き、歩くことが好きな私にもできそうな気がした。
まずは靴選びから。
マラソン用のランニングシューズを持っているが、雪や雨が降ったらTHE ENDだ。
ゴールまでは辿り着けないだろう。
「1番はマメ対策。靴の中が蒸れる事によってマメになるから、蒸れない対策を!」
靴選びが難航している時、知人が放った一言で即決した。
この知人は強歩大会に出た事はない。私が大会に出た翌年に挑戦したが、この説得力ある言葉を信じ(なぜ?)、購入することにした靴。
通気孔があり、歩くたびに靴の中の空気が外に出る仕組みなので蒸れない。
革タイプとビニールタイプによって値段が違う。
機能性に特化している為か種類が少なく、可愛い系ではない。
おじさまが履いているイメージのそれは、強歩大会以外での使い道に困るだろうと、購入を少し躊躇った。
近所の靴屋に行って他のメーカーも履いてみたが、通気孔のあるタイプはこれしかなく、結局ミズノで落ち着いた。
大金(16000円位)をはたいて革タイプを買う勇気はなく、ビニールタイプで8000円位だったと思う。
結果、雨も雪も降る事はなく、靴の中の蒸れもなかった為、78㎞歩いてもマメ一つできなかった。
マメができなかったからゴールまで辿り着けたと言えよう。
ミズノ様様だが、強いて言うならもう少し若者向けのデザインがあると喜ばしい。
実際、強歩大会以外で活用することはなく、ただ一度の為に8000円出費した感が拭えなくて悲しい。
いつかスペイン巡礼を歩くときにでも履いたらいいと思っているが、一体それはいつになることやら。先に靴の寿命の方がやってきそうだ。
さすがにぶっつけ本番は厳しいだろうと、大会2週間前に10㎞位歩く予定でいたが、風邪を引いて歩くことができなかった。
靴を慣らす為に毎日会社で履いていた。
そうして迎えたぶっつけ本番当日。
韮崎は小雨が降っていた。
荷物を軽くする為にカッパを置いてきてバカみたいと思いながら韮崎駅向かいにあるホームセンターで安いカッパ(300円)を購入し、スタートの体育館へ向かった。
午後9時にスタートし、翌日の午後3時にはゴールしなければならない。
また、それぞれのチェックポイントを時間内に通過していなければ強制終了となり、リタイヤ組のバスに収容される。
持ち物はガトーショコラ(2~3切)※パサつきがなく、すぐにエネルギーになりそう。
おにぎり(2~3個)
バナナ(1~2本)
水(1.5L位)
紀州梅しらら(1~2粒)
ヴィダーインゼリー(1個)
アミノバイタルプロ(1~2本)
スポーツ時に大切なアミノ酸(BCAA+グルタミン、アルギニンなど)3600mgと8種類のビタミンが顆粒状で飲みやすく摂取できます。アミノ酸は素早く吸収されるので、スポーツ中及びスポーツ後のカラダ全体のコンディショニングに最適です。
着替え(Tシャツ・長T・靴下)
ユニクロのウルトラライトダウンジャケット ※夜は氷点下の寒さなので必須
手ぬぐい
日焼け止め
以上だったと思う。
もう数年前の事なのであまりよく覚えていない。
だいたい水や食料はコンビニで買う事ができるし、チェックポイントでは地域の方の協力で色々食べる事ができる。小海で食べた花豆ようかんは最高だった。
野辺山までは順調だった。
豚汁が振る舞われていたが、あまりの寒さ(-1℃)にぬるくなってしまっていた。
地獄は豚汁を食べて歩き出してすぐに始まった。
下りで右脚の付け根が傷む。
登りの時の快調なスピードではなくなっていた。
右脚を引きずりながら歩いた。
こんなにも足が痛いのは初めての事だった。
杣添橋手前の集落でおにぎりとチョコケーキを食べた後で痛み止めを飲んだ。
薬が効いてくる前に足を引きずりながら歩き始め、集落が終わった頃杣添橋のチェックポイントにリタイヤバスが止まっているのを見て、ふらふらと近づいて行った。
道を渡ろうとしたとき、見覚えのある顔が!
大会スタッフをしていた友人に止められ、簡易トイレでサロンパスの冷却スプレーを股関節に振りかけ、再び歩き始めた。
友人の目の届かなくなった所でリタイヤすればいいかとこの時は思っていたのだが、歩いているうちに痛み止めが効いてきて、道は平たんになってきたので行ける所まで行こうと歩き続けた。
見た目が下りとわからない位緩やかな下りではやはり足が痛み、痛み止めを飲みながら歩き、途中で薬が切れたので薬局に寄ってロキソニンを購入し、その場で水を貰って飲んだりした。
松原湖のチェックポイント通過が残り1分前だった。
八千穂のチェックポイントでは片付けが始まっていた。
北部消防署のチェックポイントは残り5分前。
ここまで来たらゴールしたい。
ゴールできなければまた来年以降も同じ道を歩かなければならない。
同じ苦しみが待っている。
私の事だ。ゴールできなければもう二度と挑戦することはないかもしれない。
その後も泣きながら歩いていると友人が現れ励ましてくれたおかげで、17時間20分程かけてゴールの佐久市総合体育館まで辿り着くことができた。
強歩大会が終わって1か月も経とうとしているのに右脚股関節の痛みが続いていた。
さすがにちょっとおかしいなと思って病院に行ったら生まれつき骨の形がおかしいよ、というわけである。
そこから1年半、山には入らずにいた。